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米国ビジネスモデル特許 -米国の代表事例を追う-
ジェトロセンサー 2000年6月号所収
ビジネス モデル特許は、1998年7月、後述するState Street事件判決が出た後注目され始め、1999年10月のAmazon.com事件以降、日本でも新聞紙上等で大きく報道、議論されるようになって いる。本稿では、このような議論のきっかけとなった米国のビジネスモデル特許を実際の事例を交えて概説する。また、ビジネスモデル特許を理解する上で役立 つと思われる米国の特許法の基本的な説明も合わせて行う。 [i] [ii]
特許要件
米国において特許を取得するためには、その発明が新規なものであり(novel)、有用であり(useful)、かつ非自明なもの(unobvious)でなければならない。
1.新規性
同 じ発明が先行技術(prior art)として存在していなければ、その発明は新規なものと考えられる。他の多くの国では、特許出願日以前の技術が先行技術となるが、米国では、発明日以 前の技術のみ先行技術となる。すなわち、米国では、発明後出願までの間に同様の技術が発明されていたとしても、原則としてその技術は先行技術に該当しな い。[iii]したがって、他の多くの国よりも新規性の要件が充たされる範囲が広いことになる。
2.有用性
明細書に記載された通りに発明が機能し、僅かでも役に立つものであれば、当該発明は有用とみなされる。したがって、本要件は容易に充たされ、通常余り問題とはならない。
3.非自明性
発 明が自明なものである場合には、特許とはならないとするもので、その判断は、先行技術と発明との比較によって行われる。自明性の判断は、一般人にとって自 明か否かではなく、その関連技術分野において通常の技術を有する者にとって自明か否かで判断される。また、その者が全ての先行技術を知っていると仮定して 自明かどうかが判断されるので、多くの者にとって自明でなくとも、先行技術等を考慮すれば自明であると判断される場合もある。
特許の効果
米国特許商標庁(the United States Patent and Trademark Office、以下「PTO」という)の審査を経て、有効に発行された特許の存続期間は、最初の出願日から20年間である。[iv]特 許として保護されるのは、明細書に「クレーム」として記載された内容だけである。また、米国で成立した特許の効果は、米国国内だけに及ぶのが原則である。 したがって、米国で既に特許が成立しているビジネス方法を日本国内で用いただけでは、原則として米国の特許侵害にはならない。但し、米国国外で製造された 製品であっても、それが米国内で販売、使用された場合には、米国の特許侵害となり得る。したがって、日本国内でインターネット等を用いて行われるビジネス 方法も、米国からアクセス可能であれば[v]、米国で使用されたとして米国のビジネスモデル特許侵害に該当する可能性もある。PTOで一旦有効に発行された特許が、のちの訴訟で無効と判断されることも少なくない。また、全てが無効とされないまでも、裁判所ではその範囲が狭く解釈されることもある。
State Street事
1908 年、米国裁判所は、ビジネスを行うシステムは特許法にいう「技術(art)」に該当しないと判断した。それ以来、1998年まで90年間、米国では、ビジ ネス方法は特許の対象にならないと理解されてきた。「特許性のある発明」を規定している特許法第101条では、特にビジネス方法を除外しておらず、ビジネ ス方法は、専ら、「新規性がない」、あるいは「自明である」等他の理由で拒絶されてきた。と ころが、1998年7月、連邦巡回区高等裁判所(U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit、以下「CAFC」という)は、Signature Financial Group, Inc.の有する以下の特許(米国特許番号5,193,056)は第101条の「特許性のある発明」に含まれないため無効であるとしたマサチューセッツ州 地区連邦地方裁判所の判決を覆す判断をした。[vi]Signature 社の特許は、簡略化するとポートフォリオ(ハブ)に投資された複数のミューチュアルファンド(スポーク)の資産の毎日の分配を行うハブ・アンド・スポーク という方法に関する特許である。その分配はそれぞれのハブの価値や個々のスポークの資産の事情等を考慮して、毎日市場が閉まってから素早く正確に行われる 必要があり、コンピュータ等を通じて行われることになる。このような方法の特許に関し、CAFCは、特許法上、ビジネス方法を除外するという原則はないと 明確に述べ、ビジネス方法も他の発明と同様の特許要件で審査されるべきであり、新規性、有用性、非自明性を充たしていれば有効とされるべきと結論づけた。このビジネス方法除外の原則を明確に否定したState Street判決は、各方面に大きな衝撃を与え、その後米国で、ビジネスモデル特許の出願を激増させるきっかけとなった。
AT&T事件
上記ステート・ストリート事件の立場を確認したのが、AT&T事件である。[vii]AT&T 社は、長距離電話会社が、受信者が発信者と同じ電話会社と契約しているかどうかに応じて異なった請求を行うことを可能にする方法に関する特許を有していた (米国特許番号5,333,184)。AT&T社は、エクセル・コミュニケーションズ社が上記特許を侵害しているとして、デラウェア州地区の連邦 地方裁判所に提訴した。同裁判所は、本件クレームは単なる数学的アルゴリズムに過ぎないとしたエクセル・コミュニケーションズ社の申立を認め、上記特許は 無効であると判断した。これに対し、AT&T社がCAFCに対して控訴したのが本件である。CAFCは、1999年4月、ステート・ストリート事 件の立場を踏襲し、数学的アルゴリズムであっても、有用、具体的で、かつ目に見える形での結果を導き出せば特許となり得ると判断し、AT&T社の 主張を認めた。
State Street事件およびAT&T事件の与えた影響
State Street事件以前でも、実は、ソフトウェアを使用しない「単なる方法 (pure method)」と思われるような特許が数多く成立している。最近の例では、肌、髪、唇、瞳の色等から適切な眼鏡のレンズの色を選定する方法に関する特許 (米国特許番号5,953,703)などである。[viii]ま た、それまでもビジネス方法の保護を目的として、ハードウェアとソフトウェア・プログラム機能を組み合わせたステップをクレームとした特許が数多く申請さ れていた。そのような状況を考慮すれば、State Street事件およびAT&T事件とも、特許を受けることができる対象を拡大したわけではなく、特許法上何ら変更をもたらしたものではないとも 言える。ビジネス方法であっても特許要件さえ充たしていれば特許対象となるという、特許法の条文上は当然のことを述べたに過ぎないのである。た だ、この両事件がビジネス方法の例外を明確に否定したことにより、ソフトウェアの発明としなくともビジネス方法として特許取得が可能ということが広く認識 されたのは事実である。米国では1998年以降、インターネットの急速な普及ともあいまって、ビジネス方法に関する特許出願が急増している。こ のような出願が急増する一方で、ビジネスモデル特許の過度な範囲拡大は電子商取引の発展を阻害するとの批判も強まっている。ビジネスモデル特許の多くは、 旧来からある「自明」のビジネス方法をコンピュータを使って実現したものに過ぎず、「新規性」がない、または「非自明性」の要件を充たしていないとの批判 である。これに対し、かかるビジネス方法が「自明」であるというのは、あと知恵として言えるものであり、コロンブスの卵と同様そのような発明を最初に行う ことは容易ではないので、発明者は保護されるべきであるとの反論もある。また、従来の自明の方法であっても、それをコンピュータ等を使用して実現するのに は相当な開発期間と費用がかかるのであり、そのような発明は保護されるべきとの反論もある。
現在係属中の主な事件
1.Sightsound.com v. CDNow.com事件
Sightsound.com は、電子通信を通じてデジタル音楽情報・デジタル映像情報を販売する方法に関する特許(米国特許番号5,191,573)を有しており、 CDNow.comがこの特許を侵害しているとして1999年1月に起された訴訟である。Sightsound.comは、MP3.com、 GoodNoise、Amplified.com等他の音楽サイトにもロイヤリティ等の請求をしていると報道されている
2.Amazon.com v. Barnsandnoble.com事件
Amazon.com は、インターネット利用者の注文、支払、配達方法等を記録しておき、利用者が次回以降、マウスを1回クリックするだけで商品を購入できるようにする方法に 関する特許(いわゆる「1クリック特許」)を有している(米国特許番号5,960,411)。Amazon.comは、1999年10月、同じくインター ネット上で書籍販売を行っているBarnsandnoble.comに対して、特許侵害を理由に訴訟を提起した。ワシントン州西部地区の連邦地方裁判所 は、Amazon.comの請求に応じ、Barnsandnoble.comに対し、同社の1度の操作で注文できるシステムの使用禁止等の仮処分命令を 行った。他 の多くのビジネスモデル特許に関する訴訟と同様、Amazon.comは、Barnsandnoble.comがAmazon.comの「ソースコード」 を使用したと主張している訳ではなく、単に、Barnsandnoble.comがAmazon.comと同じ「方法」および「システム」を用いていると 主張しているのである。この点がソフトウェアの特許や著作権の侵害訴訟とビジネスモデル特許の侵害訴訟の大きな違いである。本件訴訟は、米国はもとより日 本でも大きな話題となり、Amazon.comに対しては、不買運動が行われるなど批判も高まっている。[ix]
3.Priceline.com v. Microsoft事件
Priceline.com はインターネット上で消費者が購入条件を指定するいわゆる「逆オークション・システム」に関する特許(米国特許番号5,794,207等)を有している。 Priceline.comは、1999年10月、MicrosoftのトラベルサイトExpedia.comが用いている、ユーザーに希望宿泊料金を指 定させ指定条件に合致したホテルが見つかった場合ユーザーのクレジットカードに自動的に課金するシステムが、Priceline.comの上記特許を侵害 するとしてMicrosoft社等に対する訴訟を提起した。
4.Trilogy Software Inc. v. CarsDirect.com事件
Trilogy 社は、インターネット利用者に、オンラインで自分が買いたい車の組立(デザインの選択など)を行わせることを可能とする方法に関する特許を取得している (米国特許番号5,825,651)。Trilogy社は、1999年10月、利用者が自己の購入する車のオプション等を選択することを可能にしている CarsDirect.comのウェブサイトが上記特許を侵害するとして訴訟を提起した。
5.DoubleClick v. L90事件
DoubleClick 社は、表示回数や利用者の特性によって配信する広告を変える広告配信システムに関する特許を有している(米国特許番号5,948,061)。 DoubleClick社は、1999年11月、L90社の広告提供・トラッキングを行う「adMonitor」というシステムがDoubleClick 社の上記特許を侵害しているとして訴訟を提起した。
6.SBH v. Yahoo事件
  ニュー ジーランド人Harringtonは、インターネット上でのショッピングカートに関する特許を有しており(米国特許番号5,895,454)、同人の代理 人であるSBH社は、1999年11月、Yahoo社のショッピングサイトで同様のシステムが利用されているとして、Yahoo社に対する訴訟を提起し た。
7.Fantasysports.com v. Yahoo事件
  Fantasysports.com は、インターネット上で、利用者が自分のスポーツチームを作り、実際の選手の成績に基づいてそのチームがポイントを取っていくというシステムに関する特許 を有しており、Yahoo社等数社がインターネット上で同様のシステムを用いていることは特許侵害にあたるとして、1999年12月、訴訟を提起した。 Fantasysports.comは、2000年3月上旬、被告のうちUSAToday.comを運営しているGannett Publishingと和解した。和解の内容は公開されていないがGannett社はライセンスの供与を受けたと報道されている。また、 Fantasysports.comは、2000年3月、cnnsi.comを運営しているTime Warner社を含め数社に対して、同様の訴訟を提起した
8.PlanetU v. CoolSaving.com事件
  PlanetU社は、利用者がインターネットを通じて割引クーポンを印刷することができるシステムに関する特許を有しており(米国特許番号5,907,830)、CoolSavings.com等がこの特許を侵害しているとして、2000年2月、訴訟を提起した。
9.Konrad v. General Motors Corp.事件
  Konradは、「クライアント・サーバー間のサービスモデルに基づく遠隔サービスアクセスシステム」に関する特許(米国特許番号5,544,320、5,696,901、5,974,444)を有しており、General Mortors社等米国大手39社がこの特許を侵害しているとして、2000年2月、訴訟を提起した。
その他の注目されているビジネスモデル特許
1.Open Market社の電子商取引関連特許
  Open Market社は、オンラインショッピングにおける決済をクレジットカード等を用いてオンラインにて行うシステム、電子ショッピングカートに関するシステ ム、およびクライアントとサーバーの間でID等をやり取りするシステムに関する特許(米国特許番号5,724,424、5,715,314、 5,708,780)を有している。
2.Cybergold社の広告に注目を集めるための特許
  Cybergold社は、消費者がウェブサイトに訪れた時間や回数をもとに、現金、ポイント、航空マイレージ等を取得することができるようにする方法に関する特許を有している(米国特許番号5,749,210)。
3.Netcentives社のオンラインショッピング・ポイント獲得に関する特許
  Netcentives社は、同社のプログラムに参加している企業からオンラインで商品を購入した消費者が購入金額に応じてポイントを獲得できるようにする方法に関する特許を有している(米国特許番号5,774,870)。
今後の展望
1.訴訟
  Amazon.com 事件にみられるように競争者等に対して積極的に訴訟を提起していく動きが今後も広がる可能性がある。逆に、PTOの認定は裁判所に比べて緩やかであるた め、あるレベルのビジネスモデル特許は、裁判所で無効とされる可能性もある。また、特許全てが無効とされないまでも、その範囲が狭く解釈されることもあり 得る。いずれにしても、上記係属中の訴訟やその後の訴訟の帰趨を見守る必要がある。米国では、特許申請後、PTOの審査を経て最終的に特許が発行されるま で通常2年以上かかる。したがって、State Street事件以降に急増したビジネスモデル特許の申請が認められるか否か、またそのような特許を裁判所も認めるか否かを見極めるには、あと1、2年は 必要となる。
2.ライセンス
  PTO で発行されたビジネスモデル特許が裁判所でも維持されるかは不確定な要素もある。そこで、訴訟を避けるため、ライセンスを結ぼうとする動きもあり、上記訴 訟の帰趨によっては、このような動きが加速するかもしれない。現在でも、上記Fantasysports.comとGannett社との和解によるライセ ンス契約以外に、Open Market社とAOL社の間のライセンス、Priceline.comが数社に対して行っているライセンスなどが知られている。
3.日本企業の対応策
  日 本では、ビジネスモデル特許という言葉が一人歩きし、必要以上の危機感が煽られている観もあるが、ビジネスモデル特許も特許の一種である以上、どのような ビジネス方法でも特許となり得るというものではなく、新規性、有用性、非自明性の要件を備えることが必要であるとの認識がまず必要である。また、現在発行 されているビジネスモデル特許が全て裁判所でもそのまま有効と判断されるとは限らないということも理解しておくべきである。多数の同種の特許が発行される ことにより、個々の特許の範囲は狭まる可能性もある。ビジネスモデル特許の一般的呼称(「オンライン商取引に関する特許」など)に惑わされず、保護の対象 となるクレームを注意深く検討することが必要である。米国も対象にする日本のインターネットビジネスは、通常いくつかのステップは日本国内で、残りのス テップは米国内で行われると思われるが、いくつかのステップが米国外で行われるということにより、米国のビジネスモデル特許のクレームの記載された方に よっては、その特許侵害にならない場合もあり得る。とにかく、ビジネスモデル特許についても、一般的な特許や他の知的財産権に関する対策と同様の対策をま ず行うことである。そ の上で、一見、新規性、非自明性の要件を充たさないように思えるビジネス方法もソフトウェア等を通じてそれが実現される場合には、特許として認められる場 合もあることから、今まで当たり前と思われていた方法やシステムも特許となる可能性があることを認識すべきである。したがって、技術系以外の部門からも積 極的にそのようなビジネス方法の発明、考案が可能となるような社内システムを作り出すことも企業の特許戦略として重要となろう。
[ⅰ] 本稿は、Wood, Phillips, VanSanten, Clark & Mortimer法律事務所の特許弁護士John S. Mortimer氏の協力によるものである。
[ⅱ] 日 本で議論されているいわゆる「ビジネスモデル特許」は、米国では「ビジネス方法特許(Business Method Patent)」と言われることが多いが、本稿では、日本流に「ビジネスモデル特許」という用語を使用し、ビジネスの手法等を表す場合には「ビジネス方 法」という用語を用いることとする。また、本稿はビジネスモデル特許の一般的な説明を目的とするものであり、具体的なビジネス方法が本稿で触れられたビジネスモデル特許を侵害するかどうかは、各々のクレームを詳細に検討する必要があることに注意されたい。
[ⅲ] 特許出願日より1年以上前の刊行物の記載等は例外的に発明後であっても先行技術に該当する。
[ⅳ] 1995年6月8日以前に出願された実用特許の存続期間は、特許発行日から17年間または最初の出願日から20年間のどちらか長い期間である。
[ⅴ] ここでは、単なる物理的技術的なアクセス可能性ではなく、現実的なアクセス可能性が問題となると思われる。すなわち英文のサイトかどうか、また仮に日本語であったとしも米国の日本人を対象としているかどうか等が考慮されると思われる。
[ⅵ] State Street Bank & Trust Co. v. Signature Financial Group, 149 F.3d 1368 (Fed.Cir. 1998)
[ⅶ] AT& T v. Excel Communications, Inc., 172 F.3d 1352 (Fed. Cir. 1999)
[ⅷ] この特許は、日本の株式会社三城(Paris Miki Inc.)によって1999年に取得されたものである。
[ⅸ] 電 子商取引の発展の妨げになる等の多くの批判を受けたAmazon.comのCEOであるJeff Bezosは、2000年3月、ビジネスモデル特許は通常の特許とは性質が異なるので、その保護期間を3?5年にすべきであり、特許発行前にコメント期間 を設け、先行技術が第三者からも提供されるようにすべきである等の声明を発表し注目されている。

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